歩論野亭日常

阿寒湖の辺りで

毛のない化け物たちの畑

山菜キノコを採りに奥山に入って行く

そこはどこまで行っても人っ子一人いない動植物たちの庭だ

目は山菜キノコを探し

鼻は周りの植物や動物や土や諸々の匂いを嗅ぎ

羆の気配に怯えながら耳と感覚は辺りに注意を払いながら

沢筋を奥へ奥へと登って行く

そうするうちにだんだんと

自分が昔の狩猟採集民のような

あるいは一匹の動物になったような気分になる

そんな時には

勘違いかもしれないが

山の何処かからこんな話し声が聞こえるような気がするのである

お母さん

またあの生き物が来たよ

そうねまた来たわね

あの生き物はとても怖いから

絶対に近くに行ってはいけませんよ

お母さん

あの生き物はそんなに怖いの?

あの生き物は小さいし

身体を守る毛もないし

牙も爪もなさそうだよ?

いいえ

あの生き物はとても恐ろしい生き物なのよ

私の知っている熊が

あの生き物に何匹も

それは恐ろしい方法で殺されている

あの生き物が作る美味しい食べ物の畑

あそこでたくさん死んでいるのよ

だからぼうや

絶対にあの生き物の近くに寄ってはいけません

あの生き物の住んでいる所に近付いてはいけませんよ?

さあ

音を立てないようにここから離れましょう

あの生き物に見つからないように

そういう話を昔私は母親から聞いた

大きくなって母親から離れ

一人で暮らすようになったが

どこに行っても満足に食べる事ができなくて

私はいつも腹を空かせていた

ある日の事

あの生き物の住んでいる所の近くから

美味しそうな匂いがする

つられて近くに行ってみると

とても広い畑の中には

なんだかとても美味しそうなものが沢山あるではないか

私はたまらずその中に入って

手当り次第にその食べ物を食べた

美味しくて我を忘れた

そうして夢中になって食べていると

あの生き物がやってきて騒いでいる

私は慌てて逃げ出したが

山の中でどうしてもまたあれが食べたくなった

そこでまた

今度は夜に出かけて食べる事にした

好きなだけ美味しいものを食べて帰ろうとした時

遠くで変な音がしたと思うと

私の身体をに大きな穴があいて

もの凄い痛みを感じた

そこから血がどくどく流れた

慌てて逃げようとしたが

今度は私の頭が吹き飛ばされて

私は母親の言った通りに

毛のない生き物の恐ろしい道具によって

畑の中で死ぬ事になってしまったのである

だからこれからの熊たちよ

母親のいう事を聞かずに

毛のない生き物の畑に行くと

こうして恐ろしい死に方をする事になるよ

とある若い熊が自ら語った