歩論野亭日常

阿寒湖の辺りで

おはなし

海別の若い羆が自ら語った話

いつの頃からか私は知床の海別岳の森の中で 母と兄弟と暮らしていた 春に母と兄弟と暖かい家の中から出てくると それからは天が私たちのために用意してくれた 行者ニンニクや蕗の若葉 ドングリや山葡萄 無数にいる鹿や魚 キノコや虫 それに甘い蜂の巣やコク…

スーダラ無限地獄

ある朝呉郡三郎がなんともいえぬ不快な悪夢から目覚めてみると、自身が一匹の虫、種類でいうならば玉虫に変じているのに気がついた。 これはまだきっと夢が続いているに違いない、と三郎は思った。なぜなら自分は確かに人間で、昨夜の事もよく憶えている。閉…

毛のない化け物たちの畑

山菜キノコを採りに奥山に入って行く そこはどこまで行っても人っ子一人いない動植物たちの庭だ 目は山菜キノコを探し 鼻は周りの植物や動物や土や諸々の匂いを嗅ぎ 羆の気配に怯えながら耳と感覚は辺りに注意を払いながら 沢筋を奥へ奥へと登って行く そう…

ある羆が自ら語った話

いつの頃からか私はここで暮らしていた 小さい頃は 母親と兄弟たちだけで幸せに暮らしていた 神様が持ってくる美味しい食べ物を食べて 私は兄弟たちと一緒に どんどん大きくなっていった しかしある日 いつものように目覚めた私は 母親と兄弟たちとの住処で…

どうして私は糞まみれになって海の底に沈んでしまったのか

いつの頃からか、 私はある山の天辺に住んでいた。 春から秋にかけては、 私はただ立って、 空や森や動物たちや人間たちを眺めて過ごしていたが、 冬になれば私の仕事が始まり、 鉄の糸を縒った太い紐を引っ張ってぐるぐると回し、 人間たちをぶらぶらと乗せ…

ある蒼蝿の死

春に阿寒湖の森の中で生まれ、 たくさんの兄弟がいたが、 すぐに離れ離れにくらすようになった。 それでも内側から聞こえるカムイの声が、 小さな頃からやる事を全部教えてくれたので、 何をするにも不自由はなかった。 森の中はたくさんの食べ物があったが…