歩論野亭日常

阿寒湖の辺りで

どうして私は糞まみれになって海の底に沈んでしまったのか

いつの頃からか、

私はある山の天辺に住んでいた。

春から秋にかけては、

私はただ立って、

空や森や動物たちや人間たちを眺めて過ごしていたが、

冬になれば私の仕事が始まり、

鉄の糸を縒った太い紐を引っ張ってぐるぐると回し、

人間たちをぶらぶらと乗せた椅子を引っ張って、

山の天辺まで運んでやるのだった。

冬の仕事は毎年忙しく、

毎日たくさんの人間を山の天辺まで運んだ。

へとへとになって、

仕事が終わったあとは、

他の山に住む仲間と話をした。

なかでもよく話したのは、

阿寒湖の山に住んでいる仲間だった。

阿寒湖の仲間はいつも楽しそうに働いていて、

話をすると、

毎日楽しい仕事ができてありがたい、

たくさんの人間達に喜んでもらえて嬉しいと決まって言うので、

冗談じゃない、

こんなに毎日仕事をしたら、

疲れて参ってしまう。

やめてしまいたくなるよ、

と私がいうと阿寒湖の仲間は、

そんな事を言うものじゃない、

すべてのものにはカムイに割り当てられた役割があるのだから、

それをきちんと務めないといけないよ、

とまた決まって言うものだから、

そんなものがあるのかなんてわかるはずがない、

とにかく嫌になるんだ、

と私はいつもうそぶいて、

平気な顔で仲間を困らせていたのだった。

そのうちに私は、

仕事が益々つまらなくなってきて、

色々ないたずらをするようになった。

人間が乗る椅子をガタガタ揺らした。

たまに引っ張るのをやめた。

その度に人間たちは私の処にやって来て、

私の体が壊れていないか調べ、

ちょこちょこと修理をした。

その様子がおかしくて、

私は心の中で腹を抱えて笑った。

夜になって、

そのことを阿寒湖の仲間に言うと、

阿寒湖の仲間は笑うどころか呆れ果て、

そんないたずらをするものではない、

人間をからかって、

自分の勤めも果たさないでいたら、

どんな罰があたるかわからないよ、

と言うのだが、

私は逆に、

そんな事がわかるものか、

と阿寒湖の仲間をバカにして笑った。

そして私はますますいたずらをするようになり、

その度に人間は私を調べるのだが、

私はいたずらをやめなかった。

疲れ果てた人間が言った。

これだけみているのに、

このリフトはさっぱり自分の勤めを果たさない。

困ったものだ。

それを聞いて私は腹を立てた。

毎日忙しく働いてやっている私にそんな事をいうとは。

そしてますますいたずらをひどくした。

あまりにいたずらがひどいので、

だんだんと乗る人間がいなくなり、

仕事は楽になっていった。

私は喜んだが、

人間たちは困り果てていた。

阿寒湖の仲間にその事を笑いながらいうと、

阿寒湖の仲間は笑うどころか怒り出した。

すぐにやめないと、

お前はきっと呪われるだろう。

自分の勤めを思い出し、

真面目にやるんだ。

と怖い顔で言うものだから、

私も怒って、

お前のように馬鹿正直にやって、

一体何が楽しいのか。

もうお前とは話さない。

と言うと、

阿寒湖の仲間は泣いてそっぽを向いてしまい、

二度と私と話さなくなった。

そんなことを続けていたら、

とうとう椅子に乗る人間達が、

誰も来なくなった。

最後の日に、

いつも自分をみていた人間が、

自分のそばにやって来て言った。

残念だ。

何でこうなってしまったのか。

たくさんの人たちに、

もっと楽しんで欲しかったのに。

それを聞いて、

私は自分のせいだと言われている気がして腹を立てた。

そして体を揺さぶり、

ネジを落として、

その人間の頭にぶつけてやった。

人間が痛がる様を見て笑っていると、

その人間は怒って言った。

お前のようなものは、

糞まみれになって海の底に沈み、

ぼろぼろに腐ってしまえばいい。

そしてその人間は去っていった。

そして誰も来なくなった。

することがなくなって、

私は毎日、

空や雲を眺めて過ごしていた。

それにも飽きてしばらく経ったある日の事、

大きな機械に乗った人間達がやって来た。

またネジでもぶつけてやろうかと思う間もなく、

私は地面から倒され、

ばらばらにされて、

何処かに運ばれていった。

そして大きな熱い窯の中で融かされて、

私は一枚の鉄の板になった。

また私は何処かに運ばれ、

私は大きな船の一部になって、

海の上に浮かぶことになったが、

私はちょうど便所の部分になってしまったので、

毎日入れ替わり、

人間たちは私に糞をかけてくるのだった。

しかもその船はいつも何かと闘っているようであり、

いつも外では恐ろしい音や爆発があるし、

その度に人が死んで、

その叫び声たるや身の毛がよだつようだった。

そうやっているうちに、

私は毎日糞と血を浴びて恐怖に怯えながら、

私が建っていたあの山から、

はるか遠い南の海へとやって来たが、

ある日とても大きな爆発があって、

乗っている人間はほとんどみんな死んで、

私の身体も粉々のばらばらとなり、

他の物と一緒に海の底へと沈んで行った。

真っ暗闇の海の底で私はどうすることもできず、

ぼろぼろと腐っていって、

そしてついにあの最後の日に、

あの人間に言われた通りの事になって、

こうして海の底の泥と一緒に沈んでいるのだった。

だからこれからのリフト達よ、

糞まみれになって

海の底でぼろぼろに腐ってしまう事になるかもしれないので、

カムイに割り当てられた自分の勤めを毎日忘れず、

真面目に働かないといけないよ、

と昔はある山の天辺でリフトだったが、

今ではぼろぼろとなって暗い海の底に沈んでいる物が自ら語った。