歩論野亭日常

阿寒湖の辺りで

ある蒼蝿の死

春に阿寒湖の森の中で生まれ、

たくさんの兄弟がいたが、

すぐに離れ離れにくらすようになった。

それでも内側から聞こえるカムイの声が、

小さな頃からやる事を全部教えてくれたので、

何をするにも不自由はなかった。

森の中はたくさんの食べ物があったが、

たくさんの大きな生き物や、

あの忌々しい罠を作る蜘蛛が私を狙っていた。

それでも私は、

自由に森を飛び回り、

いつもたくさんの食べ物を食べて暮らしていた。

そのうち暑い太陽の季節が終わり、

だんだんと森の中は涼しくなって行った。

最初は小さな声だったが、

寒くなるにつれて大きく囁く内側のカムイはこう言っていた。

今のうちに食べられるだけ食べなさい。

そして早く何処かの木の皮や何かの中に入って眠りなさい。

私はその声に従って、

なるべくたくさん食べて、

どこか安全で暖かい場所を探した。

すると森の外れに、

あまり見た事のない四角くて大きな木の塊があった。

内側の声はすこし怯えた声で、

あそこには近寄らない方がいい、

と言っていたが、

私はどうしても行ってみたくなって、

生まれて初めて、

私は内側のカムイの声を無視した。

硬いが水のように中が透けて見える所の横から中に入ってみたら、

中はとても暖かく、

なんだか夏のようで、

元気になるようだった。

すると内側の声はさっきよりも強く言った。

ここから早く出た方がいい。

先祖たちと同じように、

早く安全な木の皮の中を探して、

そこに潜り込まないと。

だが私はこの暖かさがとても気に入ったので、

ここで過ごすことに決めた。

それからしばらくその暖かい場所で過ごしていると、

突然、そこに人間がやって来た。

広い森の中ならば簡単に飛んで逃げられるのだが、

この場所は狭く、

どこにも逃げることができない。

怖くなって飛び回っていると、

人間はうるさい蝿が飛び回っているな、

と大きな手で私を捕まえて、

暖かい場所の外へと私を投げ捨てた。

私は逃げようとしたが、

いつも間にか外は、

真っ白に雪が積もっていて、

とても寒くなっているではないか。

あっという間に私の体は凍り、

動けなくなって、

そしてすぐに、

私は死んでしまったのだった。

だからこれからの蒼蝿たちよ、

内側の声を無視して、

人間の作った建物の中に入っていると、

私のように凍ってしんでしまうので、

きちんとカムイのいうことを聞くんだよ、

と阿寒の森のスキー場で死んだ蒼蝿が自ら語った。