歩論野亭日常

阿寒湖の辺りで

黒い影

昨夜twitterで怖くてとても面白い話を読んだ。

 

http://s.ameblo.jp/tsurugimikito/entry-12192236274.html

 それに触発されて昔実際に俺が経験した話を書く。友人たちは聞いたことがある話だとは思うが。十年ほど前の、ある夏の夜の話である。

観光シーズンの阿寒湖の夜は遅い。皆の仕事が終わったある日の夜中、気晴らしに当時うちの店で働いていた小沢君、そして向かいの土産物屋で働いていた平家君と俺で、車で二十分ほどの場所にある、とある山の中にある広い駐車場へと、星を見に出かけた。

その場所は本当に山奥で、周囲十kmは人工物も人家も灯りも何も無い。新月ならば真っ暗闇で、晴れたらびっくりするぐらいの満点の星空を見ることができる。その日もそんな夜だった。

到着したらドアを開けて真っ暗闇の中でカーステレオで音楽をガンガンにかけ、ビールを開けて乾杯し、あとはそれぞれ濃密な暗闇の中で、思い思いに踊ったり、寝そべって星を見たりしてしばらく過ごしていた。

すぐ側に誰かがいても、かろうじてわかる程度の暗闇の中、俺たちはそれぞれ闇の中に散らばって、星と音楽と自由を満喫していた。十km四方に他の人間などいない山奥で、濃密な立ちこめて目の前に膜でもあるかのような闇の中、誰が何をしようと誰にも咎められない圧倒的な開放感の中で踊る。そのうち少しだけ目が慣れてきたのか、目の前にある筈の国道の方に、誰かがいるような黒い輪郭が見えた。俺と同じようにユラユラと踊っている。

誰かが楽しそうにしているのはこちらも楽しくなるものだ。ニヤニヤしながらクルクル回って踊っていると、すぐに、確かに真横に友人二人がいるのがわかる。小沢君も平家君も、座って星を見ているようだった。

驚いて国道の方を見れば、さっきの黒い影はまだそこにいた。人間の形をしているが、なんだか形のバランスがおかしい。相変わらずユラユラと、まるで水中で揺れる昆布や水草のような感じで、踊っているような、何とも言えない動きを続けている。

しかもよく見れば、周りに同じような黒い影がたくさんいる事に気付く。ある影は横たわるように、ある影は座っているように見える。多くは立ってユラユラと踊っているのか動いているのか、とにかく動き回り、真っ暗闇の中から現れたり消えたりしている。

一瞬パニックになりかけるが、そこで目を閉じて考えた。これは俺の無意識の恐怖が作り出した幻影かもしれない。それに他の二人は楽しんでいるのに、俺がそんな事を言い出したらブチ壊しだ。きっと俺の思い込みなんだ。音楽に集中して踊れ。そして目を開けたらきっと消えているはず…

しかし目を開けたら、やはりそれらは変わらずそこにいた。しかもその一体がユラユラとこっちに近づいて来ているように見える。怖い! でもきっとこれは錯覚だ! 目を瞑って無視しろ、音楽、音楽…でもこっちに…やっぱり怖い! 目を開けてそれを見た。

やはりそれらはまだそこにいたが、しかし近づいて来ていた一体は、何かが通じたのか、それとも気まぐれかはわからないが、離れて行っているようだった。周りの奴らもそれぞれ勝手にやっているままだ。どうやら悪いものではなさそうだな、と思った。

それから少しの間は我慢して楽しんでいるふりをしたが、一向にいなくならない黒い影たちにもうどうにも怖くてたまらなくなって、俺は車の中に入って一服しながら二人を待つ事にした。

ところが俺が車の中に入ると、すぐに二人とも車の中にやってきた。ドアを閉め音量を落としてタバコに火をつけ「まだ居るかい?」と聞くと二人とももう帰ろうという。心の中で安堵し、車のライトを点けた。ヘッドライトに照らされたそこは、何も異常などないいつもの場所だった。

しばらくして、ここでならもういいだろうと思い、俺は二人にさっきの体験を話す事にした。実は、さっきの駐車場で何だか黒い人影のような…と話しかけた時、それを遮るように二人は口々に言ったのだった。

「黒い影でしょ?」

「たくさん居ましたよね?」

これには本当に驚いたね。

二人とも、俺と同じような物を見、しかし俺と同じように考えて我慢していたのだという。しかし俺が車に入ったのを見て、それぞれこれ幸いと車の中にやってきたのだった。これには三人で笑ったね。

結局、あれは一体何だったのか、とあれからよく考える。霊?というには違和感があるような気がする。ならば何だろう。精霊? 妖怪? あれから何度もあの場所に行ったけど、あんな体験はあの時の一回きりなので今となっては何もかも謎だ。踊る一体の影が俺に近づいてきたあの時に受け入れていれば、もしかしたら何かがわかったのかもしれないが…。まあ、そうしなかったのが多分正解だったんだろうか。